10月上旬、この日向かったのは岩手県遠野市。
青空に白い雲、緑色の山の稜線に田園風景が一望できる、広大な土地にある畑では、ワイン用のブドウが栽培されていました。
ブドウの栽培、採取、醸造までを「釜石まごころ就労支援センター」の施設内で製造し、販売しています。
釜石まごころ就労支援センターは、障がいを抱えていても、経済的・精神的・社会的自立を誰もが目指すことのできる環境づくりを目指し、NPO法人遠野まごころネット(以下、遠野まごころネット)が開設しました。
農福連携を自主事業へ確立
遠野まごころネット職員の荒川哲也さんにお話しを伺いました。
「遠野まごころネットは、2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災した岩手県沿岸部の人たちを支援すべく、遠野市民を中心として結成された支援団体です。はじめの頃は、陸前高田市から大槌町までの沿岸地域のがれきの撤去などを行っていました。だんだんと地域のコミュニティ作りや、生業づくりなどのニーズへと変化していって、そのなかで障がいをもった人たちの仕事づくりや職業訓練ということで、釜石市で就労支援センターをはじめました」
現在、10代~60代の約30人の方が利用しています。
主な仕事内容は、ワイン用のブドウの製造販売、印刷デザインの受注、ミシンや手縫いで縫製製品の作成と販売、商品の袋詰めなどを行っています。
その中でも中心的な活動になっているのが、「ソーシャル ファーム&ワイナリー」です。
「農福連携事業として、2014年から釜石まごころ就労支援センターが借りている畑でブドウを育てはじめました。その後、もっと就労を増やせるように、今日作業を行っている畑も借り、2018年からは本格的にワインの販売も始めました」
取材に伺ったときは、ちょうどブドウの収穫時期。今年はいつもより糖度があがっていたため、例年より少し早めの収穫となったそうです。
朝日のあたる家のコーディネーターと職員も、朝9時に陸前高田を出発して、遠野のブドウ畑の収穫と、選果のお手伝いをしました。
一緒に作業を行った、まごころ就労支援センター施設長の山本智裕さんは、
「釜石では、地域の人も呼んで一緒に畑作業をすることもありました。メンバー(利用者)の親御さんや支援学校の人たち、興味のある人なら誰でも参加してもらって、収穫祭みたいなのをずっとやっていたんです。行政の人が来ることもあるんですが、業務とかで会うとかたい印象だけど、収穫祭だとざっくばらんにお話もできるし。何より、メンバーがいろんな人と関われるのがいいなと思って」
関わりが増えることで、メンバーの人たちが社会へ出ていくためのきっかけになったらいいな。という想いもあるそうです。
ブドウ栽培は私たちの誇り
作業に参加して5年目のメンバーの女性は
「収穫の見落としがないように、2人ペアになって、左右にわかれて作業をします。収穫以外では、栄養がきちんといきわたるように、葉を太陽に当てる作業もします」
この日初めて参加したという、ペアの女性は「作業はまだ慣れないですが、楽しいです」と、作業をしながらの会話も楽しんでいるようでした。
メンバーの佐藤弘一朗さんは、3年ほどブドウ栽培の作業に参加しています。
「ブドウを育てるのが楽しいです。大変な作業はないですが、ひとつの枝に栄養を集中させるための枝の誘引作業は忙しいです」
メンバーの方にお話しを伺うと、この作業をするとブドウにとってどんな意味があるのかという理解のもと、作業をしていることが分かりました。
みなさん自信に満ちた表情で、ブドウのことや作業内容について話してくれました。
山本さんは、「スタッフの人たちは、メンバーへ作業内容を伝えるときには、『なぜこの作業をしなくてはいけないのか』『ブドウには、こういうことが必要なんだよ』ということをきちんと説明してくれています。興味なのかもしれないけど、実になってほしいからみんな真剣にやるんですよね。ただやってもらうだけじゃなく、自主性も生まれてきて、人に説明したいとなると思うんです。お客さんが来たときに、自分が誇れるものがあって、いい刺激にはなっていると思います」
知らない人に対して、教えてあげたいという親切心や伝えたいという想いもあるのだと。それは、人と関わるうえで、技術的なことよりも大事なことなのではと、山本さんは話します。
最後に、今後の目標を伺いました。
「個人的に自分がこうしたい!というのはないですが、作業に人を合わせていくよりも、人に合った作業やものづくりということを考えていくのが、みんなが楽しく、やりがいをもって通えるのかなと。今の雰囲気は大事にしつつ、みんなと話しながらいろんな可能性を広げていけたらいいなと思いますね」
まごころ就労支援センターでは、利用者ではなく「メンバー」と呼んでいます。
利用者の一人として接するというよりは、一緒に作業をする仲間(メンバー)として、お互いを支え合える関係性がしっかりと築かれていると、今回取材をして感じました。
「みんなにはたくさんの可能性があります!」と山本さんは、力強く断言します。
作業を行いながら、知識や情報を吸収して次に伝える。メンバー一人一人に秘められた可能性は、変化をしながらも広がることでしょう。
取材・文 吉田 ルミ子