所属農家・活動紹介


イドバダ・アップル 吉田司さん

農業は「いのちをつくる仕事」


陸前高田市米崎町。
全国的にも珍しい、海の見えるりんご畑で『米崎りんご』の生産をしているのは
「イドバダ・アップル」代表の吉田司(よしだつかさ)さんです。
まるでジュースのようにみずみずしく、シャキシャキして、酸味と甘みのバランスが絶妙なりんご。
そんな130年の歴史がある米崎りんごと、これからの農業への思いを伺いました。

ガラッと変わった人生観

地元の高校を卒業後、ホテルや飲食・観光業に従事し、飲食店での独立を目指していた司さんが、
人生最後の仕事に選んだのはりんご農家でした。
きっかけは、2011年の東日本大震災。
「あの時、何か1つでも違う決断をしていたら、僕は今ここにいないかもしれない。人生観がガラッと変わりました。
特に働き方に関しては、毎日楽しけりゃいいじゃん、という考えから、僕が死んだら何が遺せるだろうか、に変わったんです。」

そんな中、支援物資の中に入っていた米崎りんごに出会います。
「すっげえ美味しくて感動して。母が、それは米崎りんごだと教えてくれました。
地元にこんなに美味しいりんごがあるなんて知らなかったので、驚きましたよ。」

興味を持った司さんは米崎りんごについて調べ、衝撃を受けます。
クオリティが高いのに、100件程あるりんご農家の中で30代以下の担い手が1人しかいない。
1つの産業が終わりそうな瞬間が見えてしまったのです。

僕が遺したいもの

2017年、40歳になったのを機に農業系のNPOに入職し、新規就農。
約3年、りんご栽培の現場で経験を積みながら農業経営を学び、岩手大学農学部公認のアグリ管理士を取得しました。
そして2021年4月に独立し「イドバダ・アップル」を開業します。
地元新聞の一面に、家族と一緒に写った「開業のお知らせ」を載せ、今でも「あの新聞の!」と言われる程のインパクトを残しました。

「本当は一軒一軒ご挨拶に伺いたかったんですけど。
コロナ禍でいいニュースが少なかったので、新しい農家が増えるという嬉しいニュースをお伝えしたかった。
そして、僕がりんごに挑戦してから家族もチャレンジする事が増えたので、その“初心”を遺したかったんですよね。」

ちなみに「イドバダ」というのは、司さんの実家の屋号「井戸端」を訛った言い方。
たとえ実家が無くなっても、屋号は未来まで遺したい、というご先祖様への敬意だそうです。

おもしろい未来を夢見て

地元高校の農芸科に通う生徒に「農業についてどう思うか」というアンケートを取ったところ、
「高齢者」や「儲からない」というネガティブな意見が大半でした。

しかし、司さんは農業は夢を持てると言います。

「クオリティが高い農産物は、絶対に可能性がある。陸前高田は気候・土壌をみても農業に恵まれた地域。
北日本で獲れるりんごと、西日本で獲れるゆずが同じ場所で生産される、稀な場所なんです。
全国や陸前高田のおもしろい農家を、もっと知ってほしいんですよ。
まずは興味を持ってもらって、おもしろさを知ってもらうために僕にできる事はどんどん発信して。
農業で何がやれるか、何を変えられるのかを試したいんです。」

司さんが講演をするたびに話す事があります。

「独立前、東京の女子中学生が農業体験に来たの。
すでに農業高校への進学を決めていた彼女に『何で農業やろうと思ったの?』と聞いたんです。
そしたら『“いのちをつくる仕事”って、めっちゃかっこよくないですか!?』って。
たしかにそうだよな……と。もう、心が震えましたよね。」
彼女の一言が今も原動力です。

農福連携を通して、おもしろい人が増えればいい、と話す司さん。

「僕は福祉に関しては知識が浅いので、実践・検証あるのみかなと思っています。でも、みんないい顔して作業しているんですよ。
誰もが楽しそうにしていたら、こっちも楽しくなるじゃないですか。
経済や資源、生業や笑顔まで循環していける地域にして、未来にバトンを渡したいですよね。」

まじめに、おもしろい事をする司さんは「いのちをつくる仕事」のため、今日も畑に向かいます。

取材・文:熊谷蘭子

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